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政府・自民党が推進する無電柱化の趣旨に賛同する民間人が集まって、「~上を向いて歩こう~無電柱化民間プロジェクト」の設立委員会が7月10日に発足した。これと合わせてプロジェクトをPRするためのキービジュアルも公開。それが下にあるように、葛飾北斎の「富嶽三十六景」シリーズの一つ「凱風快晴」に、電柱や電線のシルエットを合わせたものだ。赤富士の愛称で知られる名画が、見るも無惨な姿になっているはずだった。

akafuji

ところが、このイラストに関して「凄く格好良い気がする」「むしろカッコよくて逆効果」「やろうとしてることはいいのに、ビジュアルがスタイリッシュすぎる」といった指摘がネットで相次いでいる。あなたはどう感じただろうか?

2週間前に投稿
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今回の実験ではまず、被験者を2つのグループにわけた。一つのグループは礼儀正しく、社会的に正しいとされる意見を持ち、一般的に好感をもたれるタイプの人たち。もう一つのグループは反体制運動家気質の意見を持ち、一般的に敬遠されやすいタイプの人たちだ。

 彼らはそれぞれ、ミルグラムの服従実験を改良した実験にかけられた。(※ ミルグラムの服従実験とは、閉鎖的な環境下における、権威者の指示に従う人間の心理状況を実験したものである。)

 その結果、礼儀正しく、社会的に正しい意見を持つとされていたグループの方が、研究者に”命令”されると、他人に対して”より残虐な行動”をとることがわかった。逆に反体制的言動の目立つもう一つのグループは、研究者の命令を聞き入れず、他人に残虐な行為を行う事を頑なに拒否することがわかった。

 研究チームがより詳しくこれらのグループについて調べてみると、反体制思想を持つ人々はそうでない人に比べて「他人に危害を加えることを嫌う」ことがわかった。また彼らは”他者から命令されて” 破壊的行動をする事を嫌うこともわかった。

 こういった反対運動家の人々が社会的に容認されにくい偏見を生み出してしまう理由は、「人にどう思われようと、自らが正しいと考えるモラルを貫き通す。」というところにあるのだという。

 逆に礼儀正しい人が命令のままに残虐な行為を行うことができる理由としては、命令者を怒らせたくないという思いが強く、思考が停止してしまい、それが冷酷で非人道的な行為であってもいとわなくなるという。

 勿論、だからといってトラブルメーカー的な性格を全て許してしまうべきではないが、特定の環境下では、社会的に評価されている人が豹変し暴力的になり、トラブルメーカー的な人物が温厚になる場合もあるので、ステレオタイプな偏見を払拭する必要がありそうだ。

1ヶ月前に投稿
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今回の事件の顛末を眺めながら、いまだにこんな露骨な連帯責任処理が横行していることに驚いている人もあるだろうが、私の実感では、震災以来、「連帯責任思想」は、むしろ、勢いを増していると思う。

 なにより、自民党の憲法草案にその思想が如実に顕現している。
 自民党の憲法草案を見ると、その第24条に

『家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。』

 という、現行憲法には存在しない一行が追加されている。

 国家権力と公務員の行動を規定するはずの憲法が、「国民」の側の「義務」を言い立てていること自体おかしな話なのだが、そのことを別としても、「家族は互いに助け合わなければならない」と、家族の互助を「義務」としている点が、どうにも不気味だ。

 で、政府は、上に挙げた新憲法の家族規定を先取りにする形で、生活保護法の改正を画策している。内容は、親族による扶助をより明確化したもので、要するに、「個人よりも家族」という価値観に沿ったものだ。

 家族の価値を尊重することそのものは悪いことではない。
 ただ、家族の価値が個人の権利とトレードオフになっているようだと、それは結果として、基本的人権の制限につながる。私はそれを心配している。

 震災からしばらくの間、強い危機感で結ばれた私たちは、「絆」という言葉を多用するモードの中にいた。
 そして、

「ひとつになろうニッポン」

 というキャッチフレーズがテレビ画面の中で一日に何十回も繰り返される日々をくぐりぬけて、現在は、東京のオリンピックに向けて「夢」や「一体感」を強調する空気の中で暮らしている。

 そう考えてみると、ASKAの個人的な犯罪が、業界全体の罪であるかのように扱われていることは、偶然ではないのかもしれない。

 考え過ぎだと?
 私はそうは思わない。
 隣組は復活しつつある。

 ということはつまり、「私」を構成している「壁」が弱体化しつつあるということで、責任も罪も自由も感情も、すべては、「公」に吸収されるということだ。

 かわいそうなCHAGEメンバーが、なぜなのかASKAに代わって謝罪していることや、唯々諾々と制裁を受け容れていることに、違和感を表明する人間が、テレビ画面の中には、一人も現れない。そのことに私は、強い違和感を覚えている。

 SAY YESとしか言えない世の中は、ヤバいぞ。

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潮の匂いは。

片平 侑佳(平成25年卒業)

 潮の匂いは世界の終わりを連れてきた。僕の故郷はあの日波にさらわれて、今はもうかつての面影をなくしてしまった。引き波とともに僕の中の思い出も、沖のはるか彼方まで持っていかれてしまったようで、もう朧気にすら故郷の様相を思い出すことはできない。

 潮の匂いは友の死を連れてきた。冬の海に身を削がれながら、君は最後に何を思ったのだろう。笑顔の遺影の口元からのぞく八重歯に、夏の日の青い空の下でくだらない話をして笑いあったことを思い出して、どうしようもなく泣きたくなる。もう一度だけ、君に会いたい。くだらない話をして、もう一度だけ笑いあって、サヨナラを、言いたい。

 潮の匂いは少し大人の僕を連れてきた。諦めること、我慢すること、全部まとめて飲み込んで、笑う。ひきつった笑顔と、疲れて丸まった背中。諦めた。我慢した。“頑張れ”に応えようとして、丸まった背中にそんな気力がないことに気付く。どうしたらいいのかが、わからなかった。

 潮の匂いは一人の世界を連れてきた。無責任な言葉、見えない恐怖。否定される僕たちの世界、生きることを否定されているのと、同じかもしれない。誰も助けてはくれないんだと思った。自分のことしか見えない誰かは響きだけあたたかい言葉で僕たちの心を深く抉る。“絆”と言いながら、見えない恐怖を僕たちだけで処理するように、遠まわしに言う。“未来”は僕たちには程遠く、“頑張れ”は何よりも重い。お前は誰とも繋がってなどいない、一人で勝手に生きろと、何処かの誰かが遠まわしに言っている。一人で生きる世界は、あの日の海よりもきっと、ずっと冷たい。

 潮の匂いは始まりだった。
 潮の匂いは終わりになった。

 潮の匂いは生だった。
 潮の匂いは死になった。

 潮の匂いは幼いあの日だった。
 潮の匂いは少し大人の今になった。

 潮の匂いは優しい世界だった。
 潮の匂いは孤独な世界になった。

 潮の匂いは――――――――

2ヶ月前に投稿
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有名な質問である「アタシと仕事どっちが大切なの?」に対し、「お前は無職の俺でも愛してくれるというのか」と答えた人がいると聞き、上手いこと言うなあと思いました。
3ヶ月前に投稿

drinkped:

NEW RELEASE “YOUNG EXECUTIVE”
5 SONGS / mp3(320kbps) / Lyrics&Image / 2014.03.28

01.DxPx
02.BAD END OF THE WORLD
03.GOODLUCK DRUG
04.LAZY HAZY DAISY CRAZY TINY SEXY LOVE
05.流行のFASHION

PRODUCE : DRINKPED
M-4 ORIGINAL TRACK : WEDNESDAY_EVE http://www.geocities.jp/w_e_web/info.html
DESIGN : MINORI KAZUHIRO http://minori-mcqueen.tumblr.com/
POPTABLE STAFF : HIBINO TAKAFUMI http://poptable.net/

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